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shobuno's blog

shobunoの日記です。日々見たこと、考えたこと、思い出した事などを興味の向くまま書いていきます。

リリース (今はなき株式会社Mの物語 6/16)

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見上げると実が。。。

これは一体?

 

 

 今はなき株式会社Mの物語6話目は、研修アップ直後、

「社員」になった頃の株式会社Mの情景を描写します。

 

深夜バスに揺られて、一路東京へ。。。

疲れていたせいか、ほとんど目を覚ます事なく過ごしました。

新宿に着いて、降り立った足元には、うっすらと雪が積もっていました。

 

ああ、ついに研修が終わったんだ。。。

 

そんな感慨にふける間もなく、私達はそのまま田町に有った

株式会社Mの東京本部へ向かいました。

一緒にいたメンバーは3名。

20人以上東京の「同期」が居た筈ですが、たった3名になっていました。

(ちなみに、大阪の生き残りも3名でした。)

 

研修が始まる直前、東京の主任から

「多分もう会うこともないと思うけど。。。」

と言われた事が思い出されます。

 

確かに。。。

 

東京本部は、東京タワーのほとりにありました。

大きなフロアで、私達3人はみんな(30人位?)の前に並ばされ

一人一人自己紹介させられました。

みんなとても固い表情で、厳しい目で私達をみつめていました。

笑顔なし。暖かい言葉なし。

 

挨拶が終わって、ほっと自分の席に座ろうとしたとき、

一人の社員が私に向かって近づいてきて

「おい、お前。」

「はい?」

「お前、トロイだろ?」

「う。。。は、はい!」

「。。。。」

彼は言うだけ言うと、さっさと立ち去っていきました。。

な、何だったんでしょう。。。? (^_^;

 

我々3人はすぐに、火を吹いているプロジェクトに配属になりました。

「火を吹く」とは、スケジュールがぐちゃぐちゃに遅れて、

いつ終わるとも分からない状況に陥っているという状態を指す

テクニカルタームです。(? (^_^;)

 

 技術研修を受けたとはいえ、初めての業務プログラミングでした。

私はまだ比較的何とかゆっくりと理解できましたが、

他のメンバーは、全然手も足も出ない状態でした。

さらに悪い事に、プロジェクトは火を吹いているので、

じっくりサポートしてくれる先輩もいません。

みんな、自分の担当で精一杯です。

私達はそれぞれ50ステップ(行)程度のプログラムづくりを担当したのですが、

最初のプログラムを仕上げるのに1ヶ月も掛かってしまいました。。。(苦笑)

(今では、本気を出すと10,000ステップ/月以上の生産性ですが。。。)

 

この時期の記憶は、実はぼんやりしています。

何をしても怒られていた様な気がします。

 

質問をすると、「こんな事を聞くな!」と怒られ

同じ質問をすると「一回で覚えろ! みんな忙しいんだ!」と怒鳴られ

バグを出すと「机上チェックをしろ!」と怒鳴られました。

机上チェックとは、ソースコードをプリントアウトし、

データを机上で流したつもりになって、バグが無いことを確認する行為でした。

(私はこれが大の苦手でした。。。)

そろそろ帰りたいなぁと思い、先輩に「今日は帰っていいでしょうか?」

と聞くと、

「先輩方がみんな残っているのに、何考えているんだ!」

と怒られました。

 

「お前達は一番下なのだから、フロアのみんなに何か出来る事が無いか確認して

 無かったら、プロジェクトリーダーと、S部長(だったかな?)にご挨拶して

 帰れ!」

 

一度、S部長に「もう帰るんかい? ぼけ! 死ね!」とか言われました。

どうしてS部長がそれ程までに不機嫌だったのか、今だに謎です(苦笑)

 

そんな感じでしたので、家に帰る前が非常に憂鬱でした。

上司の命令は絶対、先輩は絶対。仕事は命がけ。

 

新人のみんなは、怒られたくなくて余計なことは言わない。

出来ないと思っていても言わない。

そんな状態になっていました。

 

色々怒鳴られたり怒られたりしつつ私は

こういうやり方では、人は育たないんではないか。

教えるべきことは、出来る様になるまで教えないとダメだ。

人を萎縮させる様な雰囲気では、組織はきちんと機能しない。。。

そんな事ばかりをぼんやりと考えていました。

 

 

プロジェクトが火を吹いていたので、

株式会社Mでは全社を挙げて、何とかしようとしていました。

昼間、正規メンバーがプログラムを作り、夕方定時過ぎになると、

外に出ていたメンバーがぞろぞろ帰ってきて、みんなでプログラムを作りました。

外から帰って来る先輩達は嫌な顔一つせず、不敵な笑みまで浮かべつつ

「さーて! オレ、何したらいい?」

と聞いてきました。

先輩たちのそんな横顔を見つつ、この点だけはちょっとカッコイイと思いました。

「ああ、自分もこんな風になりたいものだ。」

株式会社Mの美点だと思いました。

 

先輩方の頑張りにも関わらず、プロジェクトが厳しい状態は何ヶ月も続きました。

外のメンバー達は、殆ど自宅に帰る事もなく、昼は客先、夜は東京事務所。

おかげで事務所は、異臭が漂う始末。。。

我々新人も厳しい状況の真っ只中に叩き込まれました。

 

家に帰るのは何日かに一度。

土日は勿論なし。

 

私達が、初めて休暇を貰ったのはリリースから実に3ヶ月後の事でした。

先輩が

「明日、明後日(土日)、休んでいいから。」

「えっ?!」

一瞬「休む」って何の事か分からない状態でした。。。(^_^;

 

 

3名いた同期のうちの1名が、リリース1ヶ月を待たずして退職していきました。

研修生時代、私に

「shobunoさん、あなたはこんなだから、社長は研修をして下さらないんです。

 あなたと一緒に仕事はできません。すぐに会社を辞めてください!」

と言った彼でした。。。

 

 

研修が明けても、厳しい状況は変わらず。。。

それどころか、ますます厳しくなった様に感じられました。

 ただひとつ研修の時と違っていたのは、

少しづつだけど、お客さんに提供できる何かをこの手で作っているという実感。

それが、その時の私を支えていました。