妖精館物語もようやく折り返し地点、佳境に入ります。
(って、誰にも期待されていない様な気もしますが。。。
ま、ちゃっちゃと行きましょう! (^_^; )
気がつくと、突然80人の集団のリーダーになっていました。
おまけに、その80人は全国に散っていて、顔も見たことがない人々でした。
「こうしたら良いんだよ」と言ってくれる人もいないし、
もちろん「顧問の先生」もいる筈がありません。。。
80人の「会員」さんは、運営する人、
つまり私のやることを期待の眼差しで見つめるばかり。
みんな、私の事を見つめていましたが、
私だけは逆の方向、つまりみんなの事を見つめていました。
私は全くの自由で、そして孤独でした。
私はどうしたら良いんでしょうか?
80人の「会員さん」をどこに連れていけばいいのでしょうか?
そもそも、「会」って何でしょうか?
この時点よりも数年前、進歩くんに引きずられる形で、
「会の様なもの」を始めた訳ですが。。。
一体いつの間に「会の様なもの」が、
本物の「会」になってしまっていたのでしょう。。。?
私は途方に暮れました。
初めてリーダーになった日の事を思い出しました。
同時に、せっかく出来た「会」をダメにしたくないという気持ちも湧いてきました。
私は考えました。
「会」って何だろう。。。?
上手く言えないけど、世の中に「会」ってものは存在しない。
「これが「妖精館」です!」と示せるモノは何も無い。
有るのは「「会」に所属している」と信じている人がいるだけ。
そういう人々が多くなれば、「会」は大きくなるし、
そういう人々が活発に活動してくれれば、「会」は強くなる。
そういう人々が少なくなれば、「会」は小さくなるし、
そういう人々の活動が鈍くなれば、「会」は弱くなる。。。
「「会」に所属している」と信じる事は、多分錯覚なんだけど、
「会」を運営する人は責務として、そういう人々を増やし、
そういう気持ちを強める様に振る舞わなければならないんじゃないか。。。?
私は当時学生でした。
今は会の運営ができるけど、近い将来それが出来なくなる事は明白でした。
私が居なくなったら消滅してしまう様な組織にしたくない。。。
私がいなくなっても永続できる様な「会」を作るために私は会長になろうと決めました。
会長は、私。
副会長は次期会長予定のTさん。
(彼は既に社会人でしたので、長く会の仕事ができそうだと思っていました)
会計は洵くん。
こうして一年間限定の新体制が発足しました。
会長時代の私は、自分で言うのも何ですが(笑) かなり頑張りました。
会員さんとのコミュニケーションは、もっぱらお手紙だったのですが、
書きまくりました。
やってみるとお手紙っていうのは楽しいもので。。。
つい調子に乗ってたくさん書いたりしました。
1日平均、2〜30通の手紙を書きました。。。
その結果、毎日ポストには分厚い封筒の束がたくさん入って来ました。
(お返事を沢山頂けたということは、会員さん達も楽しんでくれたのかな?)
これが、会員さんとの結束を強める助けになったと思います。
また、会誌の編集を広く公開して、会員さん達にも参加してもらう様にしました。
これは、会の運営を知ってもらう事と、「未来のスタッフ候補」の方を見出すという目的がありました。
会報や、編集後記なども工夫して、スタッフのキャラクターが出る様に、
また、楽しい雰囲気が伝わる様にしました。
またこの時期、雑誌に勧誘文が掲載されたりして、
私の会長時代に、会員さんは100名を超えるまでになりました。
そんな努力(?)の甲斐もあって、編集会議にはたくさんの会員さんが来て下さる様になり、その中から待望の新しいスタッフ候補の方々も登場しました。
1人目は、絵が途方もなく上手くて、落ち着いた姉御肌の女子高生の、Hさん。
もう1人は、いつも明るく好奇心一杯の女子短大生(だっけ?)の、Aさん。
男所帯だったスタッフに女性も加わり、いよいよ本格的な運営チームっぽくなったのを見届けつつ、私はキッカリ一年で会長を退いたのでした。。。